首里城について
琉球王国を象徴する建物です。かつて琉球の時代に、政治、文化、外交、祭礼の場として利用されていました。建てられたのは14世紀末初め~中期あたり、といわれています。沖縄戦によって一度消失しましたが、1992年に本土復帰20周年を期に復元されました。2000年には世界遺産に登録されています。主なスポットとしては、まず守礼門があります。首里城へと進む道を登っていくと最初に見えてきます。この門は中国の牌桜という様式で構築され、首里城にある門のなかでも最も凝ったデザインとなっています。
なおこの門はかつて二千円札紙幣に採用されました。次のスポットは歓会門です。この門はかつて一行を歓迎するという意味がありました。また門周辺の石を積んだ壁を観察すると、その色の違いから戦前のものも含まれていることがわかります。次は漏刻門です。「漏刻」は中国の言葉で「水時計」といいます。この門のやぐらには水槽が置かれており、そこから水が落ちてくる分量で時間を把握した、と言われています。かつてこの門で時間を計った後に、城内の各所にある時報の鐘を鳴らしていました。いよいよ首里城の門を抜けると、御庭が広がっています。紅白に色分けされた地面は、参列時に地位によって分けるために設けられたものです。正殿に向かう赤い道は「浮道」といい、国王などの限られた人だけが通ることを許可されていた道です。